夫を失って5年。忘れたはずのときめきが、突然戻ってきた。
夫が亡くなってから五年が過ぎた。
最初の頃は、現実を受け入れることができなかった。
朝起きるたびに、隣に彼がいないことに胸が痛んだ。
食卓には一人分の食事。
休日は静かな家。
どこを見ても、彼との思い出ばかりだった。
「もう十分幸せだった。」
そう自分に言い聞かせながら生きてきた。
だから、恋愛なんてもう考えたこともなかった。
・・・
ある日曜日の午後。
私は夫とよく散歩した海辺の公園を歩いていた。
季節は春。
潮風が心地よく吹いていた。
ベンチに腰を下ろし、本を読んでいると、一人の男性が近づいてきた。
「その作家、私も好きなんです。」
突然声をかけられ、私は驚いて顔を上げた。
優しそうな笑顔の男性だった。
年齢は私と同じくらいだろう。
彼は少し照れながら続けた。
「実は何度かお見かけしていました。」
私は思わず笑ってしまった。
不思議と嫌な気持ちはしなかった。
・・・
それから私たちは時々会うようになった。
一緒にコーヒーを飲み、本の話をした。
映画を見たり、公園を散歩したりした。
彼と過ごす時間はとても穏やかだった。
無理をしなくていい。
気を遣いすぎなくていい。
ただ自然体でいられた。
でも私は心のどこかでブレーキをかけていた。
夫を忘れたくなかった。
新しい恋をすることに罪悪感があった。
・・・
ある夕暮れの日。
海を眺めながら彼が静かに言った。
「亡くなった人を忘れる必要はありません。」
私は驚いて彼を見た。
彼は優しく微笑んだ。
「大切な思い出はそのままでいいんです。」
「でも、生きている私たちには未来があります。」
その言葉に、私は涙があふれた。
ずっと誰にも言えなかった気持ちだった。
夫を愛していた。
今でも大切に思っている。
でも、それと同時に私はまだ生きている。
まだ笑うこともできる。
まだ幸せになりたいと思っている。
・・・
数か月後。
満開の桜の下で、彼は私の手をそっと握った。
「これからも一緒に歩いていきませんか。」
私は空を見上げた。
まるで夫が背中を押してくれているような気がした。
そして微笑みながら答えた。
「はい。」
夫を失って五年。
忘れたはずのときめきが、突然戻ってきた。
それは若い頃の恋とは違った。
もっと穏やかで、もっと優しくて、もっと温かいものだった。
人生は終わらない。
悲しみの先にも、きっと新しい幸せが待っている。
私はそう信じられるようになった。
🌸 完 🌸